ハンター体験記Vol.1 中島めぐみさん
IT支援の仕事で里山を訪ねたら、
いつしか自分がハンターになっていたんです [その1]
猟果にも恵まれて幸先のいい狩猟ライフをスタートさせることのできたおふたりですが、ハンターバンクに参加して得られたものは、どうやら山の恵みだけではなかったようです。社会のしがらみから離れ、童心に帰った大人たちが、どう仲良くなれるのか……。そんなお話もうかがえました。
──女性ハンター4人のグループでコンスタントな活動を続けて、新米ハンターながら猟果も挙がっているという中島さんですが、そもそもハンターを目指すことになったきっかけを聞かせていただけますか?
中島さん:IT関係の仕事をしているんですが、所属する部署としては、官公庁や自治体の担当だったんですね。それであるとき、九州のとある里山に「野生鳥獣被害の地域課題をITサポートで解決できないだろうか」という案件がありまして、出張で視察に行ったんです。そこは人口が2万人にも満たない中山間地域の自治体で、2町1村が合併したことで総面積もそれなりに広いのですが、それにしても年間に5000頭ほどの捕獲がある状況です。端的にいえば、野生鳥獣による農林業被害は、かなり深刻なものでした。
──それまでにも狩猟への興味とか知識はあったんですか?
中島さん:いえいえ、別に狩猟や野生鳥獣に知見があったから担当になったわけではなく、そこで初めて狩猟の現場というものを見たんです。
──なるほど。それで、そのお仕事がうまくいって、狩猟が身近なものになったと……。
中島さん:いえ、ダメでした。仕事の案件としては、ITの導入による課題解決ということで、例えば解体処理場と地域の飲食店の食材の仕入れのマッチングなど、いろいろと企画を検討したのですが、結局は事業としてローンチに至らなかったんです。でも、狩猟そのものに対する興味には……。
──火が着いたんですね。
中島さん:そうなんです! それで、プライベートな時間に夫婦でその町をまた訪ねたり、別の地域での狩猟見学会に足を運んで、獲物の解体を体験したり……。いろいろなワークショップに参加しながら、意を決して狩猟免許を取得したわけです。
──お仕事での体験が発見となって、ご自身の趣味の領域が広がった、というわけですね。
中島さん:まさにそういうことだったんですが、でも、それだけだったらたぶん、ペーパーハンターになっていたと思うんですよね……。
──それは実際に狩猟生活を始めるには、やはりハードルが高くて……ということですか?
──やはり移住となるとお仕事の問題もありますし、なかなか「思い切って田舎暮らし!」というのは、難しいですよね……。
中島さん:そうなんですよね。で、そんな中で出会ったのが、このハンターバンクでした。現場から距離のある都市部で生活している以上は、自分のわなを仕掛けたとしても、日々の見回りとなると物理的に無理もあります。でもそこにホストさんやサポートハンターさんがいてくれる、というのは、本当に大きなポイントでしたね。
──それでやっと、移住ではなく通いのハンターとして狩猟生活が始められる、と……。
中島さん:いまチームを組んでいるメンバーも、実はその狩猟学校で出会い、いっしょに学んだ仲間なんですよ。結局みんな、同じところにハードルがあった、ということなんですよね。
──みんなに優しいハンターバンク、だったわけですね。
中島さんのお話は[その2]へと続きます
東京の都心から小田原に通うハンターさん。家族は夫婦と猫2匹。港町の生まれで魚を扱うことには慣れていたものの、仕事で里山に出向くまで、狩猟に関する経験値はゼロだったとか。そして、鶏も締めたことがないままに、イノシシという大型哺乳類で初の〈止め刺し〉にチャレンジした。