体験談 - ハンターバンク

体験談

さまざまなスタイルで「ハンターバンク」を利用しているハンターさんたち。
狩猟を始めたきっかけも、活動のペースも多種多様なのですが共通するのは
〈自分らしく〉楽しんでいること。そのあたり、聞いてみました。

ハンター体験記 Vol.5 小蝶辺明日子さん

大きな自然の循環の中に、ハンターバンクで自分の居場所が作れました。[その1]

狩猟の現場が遠い都市生活者でも、全くの未経験者でも、そして、場合によっては狩猟免許の取得がまだでも……興味と熱意さえあれば誰でも気軽に、しかも手軽に狩猟生活をスタートできるのが、ハンターバンクの最大の魅力。そんなハンターバンクのフィールドでは、さまざまなバックグラウンドを持つハンターさんたちが、自分らしいスタイルで、今日も〈山の恵み〉である獲物たちと向き合っています。

子どものころから憧れていた、大きな、大きな自然の循環。それは食物連鎖の仕組みの中に、自分も食べ、そしていつかは食べられる存在としてありたい……というユニークな発想でした。そんな小蝶辺明日子さんが大人になって知ったのは、狩猟という行為は、他の生き物の命を食べるということ。すなわち、自然の循環に積極的に関われる手段のひとつだということです。そして、そこにはハンターバンクがありました。

──まずはハンターバンクに参加したきっかけからうかがいたいのですが、もともと狩猟に興味があったとか、家族にハンターさんがいらっしゃったとか……。

小蝶辺さん: いや、ただただもう個人的な興味が子どものころからあった、って感じですね。そのころに狩猟という言葉がどんな意味なのか知っていたわけではないのですが、生き物が生き物を捕まえる、みたいな、食連鎖的なところから来ている興味なんです。

──食物連鎖とか弱肉強食とか、子どもにとって興味の対象になりやすいテーマではありますが、その食物連鎖の中に自分が入ろう、とは、なかなかならないと思います。それは「私も食物連鎖の上の方に行くぞ」みたいなことだったんですか?

小蝶辺さん: それはちょっと違って、食物連鎖のピラミッドの頂点というよりは、自然界で巡り回って循環している、その中に自分も入る、というイメージが強かったんですね。根っこにあるのは、自然の偉大さへの憧れだと思います。自分が死んだら動物や微生物に食べられたりして、自分が上に立つだけではなく、大きな自然の中の一部になりたいな、みたいな憧れが、ずっとあったんです。もっとも、循環の一部になりたいという基本的な想いと、そのうちのひとつが狩猟なんだ、とわかったのは、大人になってからですけどね。

──なかなかユニークなお子さんだったわけですね。そして大人になって、気がついて、ついには〈狩り〉がしたくなった、という……。ハンターバンクに参加される前にも、例えば狩猟の見学に行ったり、動物解体ワークショップみたいなことを体験したり、ということはあったんですか?

小蝶辺さん: 私の場合はハンターバンクが初めてですね。実は仕事の関連で有害鳥獣への対策なんかを調べているうちに、たまたまハンターバンクを見つけて、すぐに飛び込んだ、って感じでした。仕事の関連というのは生物多様性のリサーチだったりするんですけれど、その分野でもイノシシやシカが増えているのが問題だ、と聞くので、ちょっと面白いなと調べていくうちに……。

──そうすると小蝶辺さんの中では、自然の大きな循環の中に自分も居場所を見つけたいという長年の想いと、生物多様性について考えていく時に避けることができない有害鳥獣対策どう向き合うかということが、ハンターバンクという場所でちょうど交わった、ということなんですね。

小蝶辺さん: そうですね。そもそも狩猟っていきなりは入りづらい世界で、どこで何をしたらいいのかもよくわからないわけですが、そういう素人でもとりあえず飛び込める、という環境だったのが、すごく良かったと思います。

──なるほど。で、実際にハンターバンクで狩猟という活動をされて、試行錯誤があって、やっと猟果に恵まれる日が来たわけですが、大きな食物連鎖、自然の循環の話からすると、実際にそれが現実になって、どういう感じだったんですか?

小蝶辺さん: こういう言いかたはちょっと良くないのかもしれないですけど、止め刺しとか解体とか初めてのことばかりで、この関節はこう動くんだとか、この筋肉はこの骨につながってるんだとか、そういうところからして、すごく楽しかったんです。もちろん反省点もあって、止め刺しがうまくいかなくて時間がかかってしまったり、解体もきれいにできなかったり……もっと冷静に、ささっとできるようになりたいな、っていう想いが強くなりました。さっと止め刺しできたほうが動物にとってはいいのかな、というのもありますし、血管の位置とかもっと勉強しとけば良かったな、とすごく反省しました。そこから解体までの技術向上というのも、その後で肉を食べるという意味で、せっかく捕ったのだからおいしい肉にしたいよね、という気持ちになりました。でもまあイノシシも箱わなの中で動いていますし、なかなか難しかったですね。

──ともあれ、ハンターバンクに参加して、捕獲から止め刺し、解体をして、命が肉に変わるというところを経験したことで、これで自然の大きな循環の一部になれた、というわけですね。

小蝶辺さん: そうですね。まあ昔は釣りもしてたんですが、鶏を締めたりとかはしたことがなかったので、食物連鎖の中で考えると、魚の次がイノシシで、自分もいまそこに、ということですね。

──大きな自然の循環、という視点で、なかなかユニークな狩猟観をお持ちの小蝶辺さん。ところが実際の猟果に恵まれて、いざ自分の手で肉を得てみると、そこには考えてもみなかった意外な問題が……。

小蝶辺さんのお話は[その2]へと続きます。

小蝶辺明日子さん(こちょうべ・あすこ)

大きな自然の食物連鎖に憧れて、自分もその一部になりたい、という子どものころからの願望を、ついにハンターバンクで実現。お仕事では生物多様性のマクロな世界もテーマとして扱っていらっしゃいますが、もともとは分子生物学のミクロな世界を勉強されていたそうで、いまや粘菌からイノシシにまで循環の輪が広がった新米ハンターさんです。

ハンター体験記

さまざまなスタイルで「ハンターバンク」を利用しているハンターさんたち。
狩猟を始めたきっかけも、活動のペースも多種多様なのですが共通するのは
〈自分らしく〉楽しんでいること。そのあたり、聞いてみました。

ハンター体験記 Vol.4 溝口尚重さん

旅から持ち帰った〈想い〉は、ハンターバンクで〈現実〉になりました。[その2]

若き日の旅の記憶に鮮明なのは、アジアの寒村で目にした、ホカホカと湯気を立てる豚の解体の光景。それ以来、ずっと抱えてきたのは「自分が食べるものなのだから、すべてを自分の手でやってみたい」という想いでした。そんな長年の夢をハンターバンクで実現させた溝口さんの中では、はたしてなにかが〈変わった〉のでしょうか? それとも……。

 

──さて溝口さん、ハンターバンクに参加されて、猟果にも恵まれて、念願かなってチベット族の村で見た屠殺と解体の記憶を、やっとご自身でも追体験できた……というわけですね?

溝口さん: ハンターバンクの話を聞いて「これはいい機会だ」と思って参加を決めたわけですが、そのときはまだ狩猟免許の取得にはこだわっていなくて、まずは参加させてもらって、あわよくば自分でも肉がさばければな、くらいの感じでした。それが実際に参加したら、運良く2頭もかかりまして、いよいよ自分の手で〈肉を作る〉機会が持てることになったわけです。

──チベット族ではないにせよ、昔の日本でも、魚を獲って、締めて、さばいて食べるというプロセスの次の段階としては、例えば飼っていた鶏を締めて、解体して食べるというステップもあったわけですが、溝口さんの場合には魚釣りからイノシシの捕獲と止め刺し、解体へと一気にジャンプしたんですよね。

溝口さん: ああ……あまりそこには躊躇がないというか、魚も鶏も豚もイノシシも同じかな、という感覚で、どうせ同じだったらデカいやつのほうがチャレンジングだな、くらいですね。

──冒険、という感じでもなかったということですか?

溝口さん: ハンターバンクに参加すると決めてから、実際にその瞬間が来ることはわかっているというか、むしろその瞬間が早く来ないかな、と思っていたわけで、その間にいろんなシミュレーションはしてたように思います。解体の手順はああして、こうして……多分、想いがくすぶっている期間が長かったんで、気持ちの中では「自分が食べるものだから、自分で作るんだ」というイメージが醸成されていたんじゃないですかね。あの旅が23歳のときですから、もう、26年前……結構な期間ですね。まあ、人は当たり前のように肉を食べているわけで、だとすれば誰かが生き物を殺して、その肉を作っているわけなんです。それを、食べている自分だけが、なにかきれいな感じでいるのは変だな、と思うんですよね。

──それはその通りなんですが、でもスーパーマーケットでパックの肉を買ってきて、料理して食べていても、なかなかそこまでには思いが至らないですよね……。

溝口さん: いま話しながら、自分の中になにか源流みたいなものがあるのかな、と思い出してたんですけれど、九州に住んでいた小学生ぐらいのとき、養鶏をしている親戚がありまして、正月に訪ねると鶏料理がいっぱい出てくるんですよ。これ、いま締めたばっかりだよ、って感じで。その直前に子どもたちは鶏と遊んでいて、戻ってきて部屋に入ると、さっきまで遊んでいた鶏の仲間が、美味しい肉になって並んでいるわけです。そこで、いとこの子なんかはショックで泣き出しちゃったんですけど、ぼくは食べることができたんですよね。そうか、たしかにさっきも鶏と遊んでいたけど、いまここにあるこれって、食べものだよな、と。それはそれ、これはこれ、と切り分けて、泣かずに美味しく食べることができた、というのが、源流としてあるのかな、と思います。

──そうかもしれないですね、それは。

溝口さん: 生きていればそれは動物なんだけど、でも食べるものに変わるんだ、と、実際に目の前で置き換わって、たぶんそこで初めて気づいたというか、理解したんだと思います。それからチベット族の話だけじゃなく、パキスタンでも宿の主人が「これから鶏を締めて、美味しいディナーにするからね」と話してくれたりして、その辺を駆け回っているニワトリとかヤギとか「これ今夜のオレたちの晩メシなんだなあ」という目で見ていたので、あまり違和感がないというか、かなり前から「そういうものだ」と思ってたのかもしれませんね。それに……これちょっと哲学的というか思想的な話かもしれませんけれども、命は循環する、というか、感謝しながらいただいて、いつか自分が死んでも、もしかしたらまた鳥が食べるかもしれないし、あるいは微生物が分解して……という食物連鎖の中に、自分の肉体そのものはあるわけですし……そういう意味では動物をそんなに特別視していないというか、感情論よりも事実として、命をいただいて、また返して、みたいな流れの中に自分もいるんだな、とは思ってたような気がします。感情が入っていないわけではないのですが……。

──感情が入っているかどうか、ではなくて、感情とは別の軸もちゃんとある、という印象でお話をうかがっていました。客観性が失われていない、というか、それが理系センスなのかなあ、と……。

溝口さん: まあでも、実際にイノシシを解体したときには、内臓がすごく温かくて、その温かい中に手を差し入れて引き出すというのは、ちょっと想像の域を……理系センスとか客観的な見方とかを超えていたな、とは思いましたけどね。それに、ウリ坊が……止め刺しは首をかき切って締めたんですが、まさに手の中で命が失われていく、というのを自分で体験したので、さすがにグッと来るものがありました。ああ、いただいちゃったな、と……。

──なるほど……。ところで、狩猟免許はどうなったんですか?

溝口さん: 猟果のあとになりましたが、ちゃんと取得しました。でも、自分の場合もそうでしたけれど、興味はあっても機会のなかった人が、狩猟免許の取得がまだでも狩猟体験ができるというのはハンターバンクの最大の魅力ですから、皆さんぜひチャレンジしてほしいな、と思います。狩猟をしている人たちを探すのもなかなか難しいし、たとえ見つかったとしてもその人たちが受け入れてくれるかどうかもわからないわけですが、ハンターバンクのようなサービスがあると敷居が下がって、まず「やってみる」ということができるのは、メリットが大きいですよね。それに、獣害で困っている農家さんの助けになる、というのもいいですよね。

──さらなる猟果、期待しています。ありがとうございました。

溝口尚重さん(みぞぐち・なおしげ)

ハンターバンクで挙げた猟果を前にして、旅の記憶の中の〈想い〉を、ご本人いわく「ずっとくすぶらせてきた」という宿題の答え合わせは、狩猟欲とはどこか別種の、それはでは人まかせだった「肉を得るプロセス」を自分の手で確かめることができた、という達成感だったようです。ノスタルジーかと思ったら、きっちり理系なお話でした。

さまざまなスタイルで「ハンターバンク」を利用しているハンターさんたち。
狩猟を始めたきっかけも、活動のペースも多種多様なのですが共通するのは
〈自分らしく〉楽しんでいること。そのあたり、聞いてみました。

ハンター体験記 Vol.4 溝口尚重さん

旅から持ち帰った〈想い〉は、ハンターバンクで〈現実〉になりました。[その1]

狩猟の現場が遠い都市生活者でも、全くの未経験者でも、そして、場合によっては狩猟免許の取得がまだでも……興味と熱意さえあれば誰でも気軽に、しかも手軽に狩猟生活をスタートできるのが、ハンターバンクの最大の魅力。そんなハンターバンクのフィールドでは、さまざまなバックグラウンドを持つハンターさんたちが、自分らしいスタイルで、今日も〈山の恵み〉である獲物たちと向き合っています。

アジアを旅したバックパッカーが目を奪われた、片田舎の村で見た屠殺と解体の光景。それまでは深く考えることもなく口にしていたブタ肉の、豚から肉になるまでの一連のプロセス。それ以来「食べるなら、自分で肉にしてみたい」という想いが長年にわたってくすぶっていた、という溝口尚重さんにとってのハンターバンクは、いちどは経験してみたかった屠殺と解体が、自分の手で実現できる場所でした。

──ハンターバンクに参加される〈きっかけ〉も皆さんさまざまだとは思いますが、溝口さんの場合には「獣を獲る」という〈狩猟〉よりも「肉にする」という〈屠殺〉や〈解体〉への想いが強かったようですね。まずはその出どころのエピソードから、お話をうかがえますか?

溝口さん: もう20年以上も前のことなんですが、若いころにはバックパッカーだったんですよ。まあ貧乏旅行で、中国とかインドとか、東南アジアあたりを8カ月ぐらい、あちらこちらフラフラと旅をしていたんです。そんなある日、たまたまチベット族の村で、これから豚を屠殺するぞ、という、どこか物々しい感じの庭先に遭遇しちゃったんです……。結構な奥地のほうまで行くと、当時でも豚とか鶏とか、みな自分たちで普通に締めて、食べていたんですよね。

──庭先! 戦前ならともかく、さすがに当時の日本ではもう見ることのできなかった風景ですね。

溝口さん: でしたね。それで、その日はめちゃくちゃ寒かったんですけれど、結局はなんだか3時間ぐらい、ずっとそこで見ていたんです。おそらくはその家の主人の手で屠殺され、解体されて、最後にはホカホカと湯気を立てる、いわゆる大バラシの状態になったわけです。それまで自分でも日常的に食べていたブタ肉が、まだ生きている豚の状態から大きな肉の塊になるところまでを見たのは、もちろんそれが初めての経験でした。

──それは衝撃的な光景だった、ということなのでしょうか。

溝口さん: そうですね……まあショックを受けた、とまではいかなかったんですが、現実に自分が食べている肉という存在がここから始まっていたんだ、というのを初めて目の当たりにしたというか……。基本的な知識としては持っていたわけですし、それに当時でもすでに近代化していた日本の畜産における屠殺や解体のプロセスとは違う、いわゆる原始的な方法だったとは思うんですが、それでも「ああ、こうやるんだな」と思って、どこか納得したんですよね。

──頭の中にだけあったイメージが、現実味を帯びてきた、というか……。

溝口さん: その日の光景が自分の中での原体験になっているんだと思うんですが、やっぱり自分が食べる肉は、いちどは自分の手で肉にしてみたいな、という想いになって……これはいつか自分でやらなきゃな、と。

──それから20年を超える時間が流れたわけですが……。

溝口さん: そうですね。アジア放浪は23歳の時でしたから、もう26年も前の話になりますね。でも、それからずっと、自分で屠殺して解体して肉にして食べる、という一連のことをやってみたいと、漠然と思っていたんです。それが日本に帰ってきて、屠殺や解体とは縁のない仕事で社会人になって、ずいぶんと年月が過ぎていたわけですが、つい最近になって、たまたまハンターバンクのことを耳にしまして、一気に再燃したわけですね。まあこの話がなくてもどこかでチャレンジはしていたんだろうな、という感じではありますけれど、自分としてはずっと、どこかで挑戦する機会をうかがっていたのかもなあ、と思うんです。

──若き日の旅の記憶は、ずっと生きていた、ということなんですね。

溝口さん: それにもうひとつ思い出したんですが、こちらもいまから30年も前に、小林よしのりさんが『ゴーマニズム宣言』というマンガを出して、かなり社会的な話題にもなったんですよね。その中に、豚の屠殺についての話もあったんです。内容としては「現代の屠殺場ではこういう風にやってますよ……これをなにも知らずに食べている、ってのはいかがなものか……」みたいなことを書いた話があって、それも自分の中では伏線になっていたのかもしれませんね。アジアの旅から日本に帰ってきて、日常の暮らしの中でしばらくの間は忘れていたんですけど、いずれどこかでその現場、例えば屠殺場の見学とかしてみたいな、というような願望も、ずっと心の奥底にあったのかもしれませんね。

──さて、そんな長年の想いを抱えてハンターバンクに参加された溝口さんですが、実際に狩猟という行為を通じて〈自分の手で肉にする〉ことを経験したいま、長年の想いはどう結実したのでしょうか……。

溝口さんのお話は[その2]へと続きます。

溝口尚重さん(みぞぐち・なおしげ)

ハンターバンクで挙げた猟果を前にして、旅の記憶の中の〈想い〉を、ご本人いわく「ずっとくすぶらせてきた」という宿題の答え合わせは、狩猟欲とはどこか別種の、それはでは人まかせだった「肉を得るプロセス」を自分の手で確かめることができた、という達成感だったようです。ノスタルジーかと思ったら、きっちり理系なお話でした。

さまざまなスタイルで「ハンターバンク」を利用しているハンターさんたち。
狩猟を始めたきっかけも、活動のペースも多種多様なのですが共通するのは
〈自分らしく〉楽しんでいること。そのあたり、聞いてみました。

ハンター体験記 Vol.3 池渕隆志さん

夢の田舎暮らしが〈田舎過ぎ〉ても、ハンターバンクで準備万端でした。[その2]

縁あって手に入れた田舎の家は、ネズミやタヌキだけでなく、庭先に作った家庭菜園がイノシシやウサギに狙われて、さらに裏山の森にはどんな獣が潜んでいるかわからない……というレベルの野生の王国でした。そんな我が家での、田舎の家の暮らしを守るために、ハンターバンクで積み重ねた経験値は大きな資産になった、と池渕さんは話してくれました。いずれは憧れの田舎暮らしを……と考えている皆さんにも、参考になるお話なのではないでしょうか。

──小田原の猟場へは月に1回のペースで足を運んだ、という池渕さんですが、ハンターバンクのフィールドでは、どんなことを考えながら活動していたんですか?

池渕さん: その時々で単独だったり、他のメンバーとチームを組んだり、と状況はさまざまだったんですが、最終的な「田舎の家の暮らしを守る」という目的のためには、本当にいろいろな学びがありましたね。そもそも、自分の中ではなんとなく「最初はくくりわなかな」と考えていました。というのも、自分ひとりで狩猟をするのに、箱わなを導入するのはハードルが高すぎる、と思っていたんですよね。

──くくりわななら小さくまとめてザックで背負うこともできますが、箱わなとなると、まあオリですからね。歩いて運べるわけでもないですし、そもそも買うとなったら、ちょっとお試しで、というわけにもいかない値段になりますよね。

池渕さん: そう思っていたんですよ。でもそれが、ハンターバンクで箱わな猟を体験することができて、その運用を通じて、自分の庭先や裏山に設置する、という具体的なイメージもできました。

──箱わな猟を試せる機会、って貴重ですよね。

池渕さん: ハンターバンクだと、現地のホストさんやサポートハンターさんにアドバイスをもらいながら、初心者でも〈自分の箱わな〉を仕掛けることができるわけで、そこは本当にいい経験でしたね。

──なにしろ大きい道具も、重たい道具も、買うのがちょっと大変な道具も、ハンターバンクなら全部そろってますからね。

池渕さん: そのおかげもあって猟果も挙がり、山の恵みとしての肉を手にすることもできたわけですが、そこで経験できた止め刺しとか解体とかの個々のプロセスとは別に、カメラで捉えた箱わなの画像を遠隔で確認するシステムとか、効果的な誘引エサの使いかたとか、箱わな猟の全体を見渡したフローを体系的に学ぶことができて、これはとても参考になりました。それに、経験値として解体の手際が良くなったとしても、作業環境が整っていなければスムーズな解体にはなりません。ハンターバンクには水場を含めて、そのための場所と設備と道具が用意されているわけですが、いざ自分の田舎の家で解体するとなったときに、どう整えればいいのか……。設備や道具はどこまで必要なのか、あるいは自分の予算に応じてどこまで削れるものなのか、具体的に検討できるようになりましたね。

──なるほど……。そのイメージの具体性は、やはり自分の手で使って、試してみないとわからないものですよね。

池渕さん: そうでしたね。それで、例えば我が家の裏山に箱わなを設置したいなら、それを運ぶための軽トラックが必要なんだな、とか、自分が導入しなければならないものが、少しずつ見えてきた感じでしたね。

──地元のベテラン猟師さんと長い付き合いで、というならともかく、移住者となるといろいろ自分で手配しなければならないわけですが、少なくとも箱わな猟に関しては全部、ハンターバンクで試すことができた、ということですね。

池渕さん: その経験値があったからなのか、田舎の我が家の近くでも現役の猟師さんで話の合う人が見つかりまして、いろいろと手伝ってもらえそうな感じになっています。これ、全くのペーパーハンターでは難しかったかもしれませんね。

──となると、いよいよ東京の家を引き払って、本格的なハンターライフをスタートする、ということですね? さてさて、その意気込みはいかに……。

池渕さん: 自分としては我が家の庭先に解体小屋でも作りたいところだったんですが、実は家族の反対を受けていまして……。ハンターバンクでは解体場所に皮や内臓を捨てる場所が用意されていたわけですが、自宅ではそういうわけにもいきませんからね。でも妻は、欲しいのは肉だけなんですよ。

──ま、それはそうでしょうね……。

池渕さん: なので、高台の下に空き家が一軒あるので、そこを借りて整備して解体小屋にしようかな、と考えています。ハンターバンクと同じように、家に持って帰るのは肉だけで、というスタイルにできれば、家族も文句なし、ということですね。

──夫婦円満の秘訣ですね。ありがとうございました。

池渕隆志さん(いけぶち・たかし)

縁あって手に入れた北関東の田舎の家が、暮らしてみたら野生鳥獣の天国だった!という新米ハンターさん。家庭菜園を作ったからには、野菜も果物も獣たちにやられっぱなしではいられないということで、狩猟免許を取得。田舎の家の暮らしを守るための知識と技術と経験を身につけるべく、ハンターバンクでいい修行ができたそうです。

さまざまなスタイルで「ハンターバンク」を利用しているハンターさんたち。
狩猟を始めたきっかけも、活動のペースも多種多様なのですが共通するのは
〈自分らしく〉楽しんでいること。そのあたり、聞いてみました。

ハンター体験記 Vol.3 池渕隆志さん

夢の田舎暮らしが〈田舎過ぎ〉ても、ハンターバンクで準備万端でした。[その1]

狩猟の現場が遠い都市生活者でも、全くの未経験者でも、そして、場合によっては狩猟免許の取得がまだでも……興味と熱意さえあれば誰でも気軽に、しかも手軽に狩猟生活をスタートできるのが、ハンターバンクの最大の魅力。そんなハンターバンクのフィールドでは、さまざまなバックグラウンドを持つハンターさんたちが、自分らしいスタイルで、今日も〈山の恵み〉である獲物たちと向き合っています。

今回ご登場の池渕隆志さん、ハンターバンクに参加した時点ではご本人は都市生活者なのですが、すでに田舎で家を手に入れていて、ご家族は田舎に、ご本人は東京で単身赴任の状態でした。で、その家が、出るんです……イノシシとかウサギとか、とにかく害獣だらけ。そんなわけで、実際の猟果だけでなく、小田原のフィールドから田舎の我が家の庭先や裏山に持って帰れる〈学び〉の大きなハンターバンク体験になったそうです。

──小田急ハンターバンクに参加しているハンターさんは、基本的には日常を都会で働き、休みの日に猟場に繰り出す都市生活者の皆さんなのですが、池渕さんは都心が自分ひとりの仮住まいで、ご家族は田舎のご自宅にいらっしゃるんですね?

池渕さん: そうなんですよ。実は以前に、義父の介護というものを経験しまして、最初は東京から群馬まで妻と通ったんですが、それがなかなか大変で……。子どもたちも独立しているんだし、どこか近くでアパートでも借りたほうがいいかな、なんて話していたのが、運転しながら眺める景色に、なんだか「このあたりで家を探す、ってのもいいかもね」という流れになりまして、それが道中の埼玉の田舎で、現地の不動産屋さんにいくつか案内してもらった物件の中で気に入ったのが、高台の一軒家だったんです。

──ゆくゆくは夢の田舎暮らし、という憧れのライフスタイルが、期せずして前倒しになった……というわけですね。

池渕さん: まだ会社勤めをしていましたから、スタートは自分だけが東京に残る二拠点生活になりましたけどね。田舎の家には、独立していた娘のひとりも戻ってきていて、自分は週末に田舎の我が家に帰る、という感じですね。

──で、その我が家が、そこそこ田舎だそうで……。

池渕さん: いやあ、出るんですよ、獣が。家庭菜園でなにか植えても、すぐイノシシに穴を掘られるし、菜っぱの芽が出ればウサギにやられるし、果物が実れば鳥にやられるし……あ、タヌキも出ますし、屋根裏にはネズミもいますし、獣じゃないけどハチもいます。その時点では狩猟がしたくて田舎に家を買ったわけでもないので、獲る、獲らないの前にまず、野生の生き物たちについて学ばなければならない状況があったんです。もちろん自分の家ですから、将来的には自力でなんとかしたい、とは思いましたけどね。

──それはなかなかの田舎っぷりですね。

池渕さん: なにせ裏山に森がついている物件でしたからね、否応なしに〈森〉というものへの意識も高まっていたわけでして、朝活の勉強会を見つけて、それが森について学ぶ機会になったんですが、森のことを考えるなら野生鳥獣に関わる課題も避けては通れないわけで、そこからジビエに対する興味も増してきまして……。食べることは好きなので、それ以前にもシカやイノシシを食べる機会はあったんですが、自分の中でその意味みたいなことがスッとつながったという感じでした。そんなわけで、裏山に森を抱えた自分の家での暮らしにはどんな課題があるのかを学んでいったら、そのキーワードのひとつが〈狩猟〉だったんです。

──なるほど。それで狩猟免許を……。

池渕さん: まずは勉強して試験に臨み、無事に狩猟免許を取得しました。でもまあ、狩猟免許を取ったというだけでは、まさにペーパーハンターで、実質なにもできないわけですよ。意気込んで「田舎の家の暮らしを守る!」といっても、いざ我が家の家庭菜園や裏山の森を眺めたところで、どこから獣がやってくるのかわからないし、どこにどんなわなを仕掛ければいいのかも見当がつかない。そんなときに、ハンターバンクというものを知ったんです。これに参加すれば小田原のフィールドに自分の猟場ができて、自分のわなが持てて、狩猟についてのノウハウを学べて、しかもあれこれ試せるなんて渡りに船だ!と説明会に参加したのが年の暮れで、年明けすぐにはハンターバンクでの活動をスタートしていましたね。

──即断即決ですね。まさに「求めていたものがあった!」という感じだったんですね。

池渕さん: そこから夏までの間に、イノシシのオスの成獣が1頭と、幼獣が1頭、わなにかかったんです。最初のイノシシは3年目か4年目くらいの若いオスだったんですが、40キロか50キロくらいありまして、止め刺しは別のメンバーがやってくれたのですが、横で見ていてもまあ、たいへんでした。それからサポートハンターさんに指示をもらいながら、自分たちで内臓摘出やら剥皮やら解体やら、とにかく大仕事になりましたね。でも、そんな猟果に恵まれて、自分の獲物としての肉を手に入れたのもよかったんですが、自分としてはそれ以上に大きな学びを得た、と感じているんです。

──そこが田舎の我が家に持って帰れるノウハウ、というわけですね。

池渕さんのお話は[その2]へと続きます。

池渕隆志さん(いけぶち・たかし)

縁あって手に入れた北関東の田舎の家が、暮らしてみたら野生鳥獣の天国だった!という新米ハンターさん。家庭菜園を作ったからには、野菜も果物も獣たちにやられっぱなしではいられないということで、狩猟免許を取得。田舎の家の暮らしを守るための知識と技術と経験を身につけるべく、ハンターバンクでいい修行ができたそうです。

さまざまなスタイルで「ハンターバンク」を利用しているハンターさんたち。
狩猟を始めたきっかけも、活動のペースも多種多様なのですが共通するのは
〈自分らしく〉楽しんでいること。そのあたり、聞いてみました。

ハンター体験記 Vol.2 菅原隆さん

持続可能性×『HUNTER×HUNTER』の答えは狩猟のリアリティだった![その2]

日々の仕事と好きなマンガの掛け合わせで生まれた狩猟への興味から、幸運なデビューへとつながった菅原さんのハンター生活。早々に猟果も挙がって気分はすっかり中堅ハンターさん……かと思いきや、現実の〈狩猟〉と向き合ってみた菅原さんの中には、まだ落としどころの見えていない、言葉にならない〈思い〉があるようです。そのあたり、実は同じように感じている新米ハンターさんも、いらっしゃるのではないでしょうか……。

──さて菅原さん、インタビューの最初にもお話いただいていた「モヤモヤ」について、もう少し詳しく教えていただけますか?

菅原さん: そうですね……正直なところ、完全な興味本位で足を踏み入れてみた狩猟の世界でした。それで、ハンターになった自分としての最初の捕獲までは、狩猟という行為も、有害鳥獣駆除としての社会的な課題の解決手段として、あるいは山の恵みの利活用としてのビジネスモデル的な可能性として考えていたんですが……。

──いざとなると……。

菅原さん: 自分の箱わなに「獲物がかかった」とホストさんから連絡をもらって、いよいよ現場に向かうぞ、というその前日になったら、それまで考えてもいなかった「あえて殺す」というイメージが自分の中にふくれ上がってきて……。それがいまも、なんかモヤモヤになっているんですよね。

──なるほど。それまでは、ある種〈理想のハンター生活〉だった話が、急に現実味を帯びてきた、という感じなんですね。

菅原さん: 捕獲した野生鳥獣の命をいただく〈狩猟という行為〉は、それまで考えていた、自分の目に映っていた社会的な課題やビジネスモデルの文脈とは、やっぱり別の現実なんだな、という思いですね。そこには狩猟という行為、すなわち「あえて殺す」という行動の理由を考える自分がいたわけです。

──不思議ですよね。魚を釣って、締めてさばいて食べるのと本質的には変わらない行為のはずなんですが、獲物の大きさなのか、体の温かさの問題なのか、そこには大きな違いというか、壁があったというお話を聞くことは、少なくないんですよね……。

菅原さん:そこは自分の中でどう言語化して、どう収めるべきなのか、まだまだスッキリとはしていない部分ですね。

──とはいえ獲物は自分の箱わなに入っているわけで、その獲物を放棄する、という選択肢もなく……。そこはどうやって折り合いをつけたんですか?

菅原さん: 実はそのタイミングで、現地のサポートハンターさんからメッセージをいただきまして、それでなんとか、という感じでした。具体的な手順や技術的なアドバイスを再確認させてもらったうえで「あとはメンタルの問題だけですよ」と。そのメッセージに背中を押していただいて、覚悟も決まった、ということですね。

──実際に体験した初めての〈狩猟という行為〉は、どんな感じでしたか?

菅原さん: 最初の獲物はイノシシの幼獣、いわゆるウリ坊ばかりが6頭で、箱わなの中で小さい獲物がやたらと動き回っているわけですから、止め刺しも時間がかかって大変でした。それに、その獲物を解体するにしても、作業の手間に対して得られる肉は少ないわけで、まあ歩留まりも悪いわけです。そもそも初めての作業ばかりで腕は筋肉痛でパンパンだし、だんだん握力もなくなってきて、途中で「解体、もう止めちゃおうかな……」なんて思いも、正直なところ頭をよぎりました。

──小さいから丸焼きで、というわけにもいきませんからね……。

菅原さん: でも、あえて自分が殺したんだから最後まで責任を持って……というところで気持ちを入れ直して、なんとかやり遂げて……。結果として、その肉を持ち帰ってありがたく食べることができたのは、本当に良かったと思います。自分がそれまで考えたこともなかった経験に、感じたことのなかった気持ちに直面することができた、というのは……面白かったですね。

──実際に自分の手で「狩猟」のリアリティに触れたことで、菅原さんの中にあったイメージも、変わったわけですね。

菅原さん: ホストの農家さんがミカンを作ってらっしゃるんですが、以前には獣害と聞いても「ミカンが食べられて収穫量が減ってしまう」という全体的な収益性の問題だとイメージしていたのが、実際に現場で「土を掘り返されて根っこがやられるんで、植え直さないといけないんだよね」とか「その若木にのしかかってくるもんだから、枝が折られちゃってね」とか「苦労して作った石垣を崩されて、土砂崩れになっちゃってね」といったようなお話をうかがうと、ひとつひとつの自分の「捕獲」にもちゃんと意義があるんだな、と実感できるんですよね。

──総論が各論につながった、という瞬間ですね。

菅原さん: そしてその実感がないと、止め刺しのヤリを向けることも自分にはできないのかな、と思うようになったんですよね。

──まだまだ考察を深めている途上の菅原さんですが、最後に「ハンターバンクでいちばんよかったこと」を、ひとつお願いできますか?

菅原さん: 現場に行った日だけ箱わなを借りるのではなく、きちんと「自分のわなです」と胸が張れる、ということですね。そのための環境が、すべて整う。

──そこに〈意義〉もあるわけですね。ありがとうございました。

菅原隆さん(すがはら・たかし)

東京での仕事と小田原でのハンター生活の両立を、もっと充実させたいと考えているハンターさん。会社の業務としても、里山にサテライトな拠点を持ったり、民泊事業で都市部から地方への人口導線を設計したり、公私ともどもいろいろと仕掛け中。

さまざまなスタイルで「ハンターバンク」を利用しているハンターさんたち。
狩猟を始めたきっかけも、活動のペースも多種多様なのですが共通するのは
〈自分らしく〉楽しんでいること。そのあたり、聞いてみました。

ハンター体験記 Vol.2 菅原隆さん

持続可能性×『HUNTER×HUNTER』の答えは狩猟のリアリティだった! [その1]

狩猟の現場が遠い都市生活者でも、全くの未経験者でも、そして、場合によっては狩猟免許の取得がまだでも……興味と熱意さえあれば誰でも気軽に、しかも手軽に狩猟生活をスタートできるのが、ハンターバンクの最大の魅力。そんなハンターバンクのフィールドでは、さまざまなバックグラウンドを持つハンターさんたちが、自分らしいスタイルで、今日も〈山の恵み〉である獲物たちと向き合っています。

ふとした興味から狩猟免許を取得し、ハンターバンクと出会った菅原隆さん。デビュー戦から順調な猟果に恵まれているということですが、実はそんな菅原さんも、狩猟に触れる機会はまったくなし、完全にゼロベースのスタートだったのだとか。初心者コースを超高速で駆け抜けている新米ハンターの目には、いま、どんな景色が映っているのでしょうか。

──ハンターバンクをスタートされてからの1年ほどで、獲物もイノシシの成獣が3頭、幼獣が11頭と、なかなかの猟果を挙げられているとうかがいました。もうすっかりハンター生活も板に付いた、という感じですか?

菅原さん: いやあ、実は自分の中でもまだ、整理がついていないというか、なにかモヤモヤしている部分もあるんですよね、狩猟という行為については……。

──それはちょっと意外ですね。デビュー戦からの好成績で、バリバリのハンター気質になっていらっしゃるんじゃないかと思っていたのですが……。そもそもハンターを目指したきっかけは、どんな感じだったんですか?

菅原さん: 採用とか人事のコンサルティングをしている会社に勤めているんですが、そこが全社的にSDGsを推進していまして、その関連で社会の持続可能性についてリサーチする中で、地方の小さな自治体でも、野生鳥獣のために年間に1000万円を超えるような農林業被害がある、ということを知ったんです。それで、そのマイナスをプラスに転じるには、どうしたらいいんだろう……と、このあたりは完全に左脳的な思考なんですけれど、業務マターとして考えるようになったわけです。

──それまでの菅原さんの中にはなかった認識が、仕事としてひとつ生まれた、ということですね。

菅原さん:ただ、その一方で自分の右脳では、狩猟ってなんだか男臭い世界だけど、そんな世界とは毛色の違う自分が狩猟者になるというのも面白いのかなあ、みたいに感じてもいまして……あ、それから冨樫義博さんの『HUNTER×HUNTER』というマンガが、大好きなんですよ! それで、どうせなら自分もハンターと名乗りたいぞ……みたいな。そんなきっかけで、まずはネットでリサーチを始めたんです。

──なるほど! 実は新人のハンターさんから「きっかけは『HUNTER×HUNTER』でした!」というお話、たまに聞くんですよね……。さすが国民的コンテンツ、すごいですね。それで、インターネットでのリサーチでは、役に立つ情報があったんですか?

菅原さん: 都市生活者のOLさんがハンターになるまでのドキュメントがウェブの連載記事でありまして、それを参考に勉強を進め、まずは狩猟免許から、ということで試験会場に足を運びました。でもまあその時点では、興味も湧いてきたことだし、とりあえず狩猟免許だけでも取得しておこう、というくらいのつもりだったんですが、たまたま試験会場で、隣の席の人に声をかけたんです。そうしたら、その人がハンターバンクのことを教えてくれまして、それで一気に、狩猟免許を取ってからの具体的な方向性が決まっちゃいました。

──まさに順風満帆、という感じですが、しっかりと猟果も得て、中堅ハンターとしてのマインドになったのかと思いきや、冒頭でうかがったように、実はまだ思うところがあるわけですね? 次はそのあたりを聞かせていただこうと思います。

菅原さんのお話は[その2]へと続きます。

菅原隆さん(すがはら・たかし)

東京での仕事と小田原でのハンター生活の両立を、もっと充実させたいと考えているハンターさん。会社の業務としても、里山にサテライトな拠点を持ったり、民泊事業で都市部から地方への人口導線を設計したり、公私ともどもいろいろと仕掛け中。

さまざまなスタイルで「ハンターバンク」を利用しているハンターさんたち。
狩猟を始めたきっかけも、活動のペースも多種多様なのですが共通するのは
〈自分らしく〉楽しんでいること。そのあたり、聞いてみました。

ハンター体験記 Vol.1 中島めぐみさん

IT支援の仕事で里山を訪ねたら、いつしか自分がハンターになっていたんです [その2]

たまたま仕事で担当した案件から心を惹かれ、興味のままに狩猟免許を取得して、ハンターバンクと出会ったことで、晴れて通いのハンターとなった中島さん。初心者ながら猟場にも恵まれ、めでたく挙がった猟果では、生まれて初めての止め刺しも経験しました。さて、それで中島さんの日々の暮らしには、あるいは気持ちには、どんな変化があったのでしょうか。そのあたりのお話もうかがってみました。

──ハンターバンクに参加してハンターの仲間入りをされた中島さんですが、それまでの生活では完全に非日常だったことが、いまやライフスタイルの中でも大きな存在となってるのではないかと思います。いまの中島さんにとって、それはどんな位置付けになっているんですか?

中島さん: そうですね……最初に行った九州の里山でも、地元のハンターさんが止め刺しをするのは見ていまして、もちろん捕獲した獲物が大きかったりすれば銃を使うこともあるわけですが、そうでない場合でも、例えば持ち手の長い金づちを使って、獲物の頭をコツンと叩いて、動きを止めて……。とにかくベテランのハンターさんたちの止め刺しは本当に手際が良くて、なにからなにまでスムーズな手順だと感じていたんです。

──ご高齢のかたも少なくない狩猟の世界ですが、皆さん実にお元気で、なにをされるにもパッパッと、あっという間ですよね……。

中島さん: そうですよね。ところが、ハンターバンクで設置した自分たちの箱わなに「獲物が入った」とホストさんから連絡をもらって、それで初めての止め刺しに向かうことになったら……前の夜から、なんだか緊張してよく眠れなかったんです。

──その最初の獲物はなんだったんですか?

中島さん: 成獣になったばかりの、30キロくらいのイノシシでした。それで次の日、いざ長柄の槍を手にして獲物と向き合ってみたわけですが……。技術的にも、心情的にも、迷いなくスッと刃先を入れる、というのは本当に難しくて、結局は1時間くらい格闘していた感じになってしまいましたね。

──都市部の日常生活では絶対に味わえない、ドラマチックな体験ですからね。

中島さん: 私、子どものころから動物が大好きで、狩猟という行為についても、もともとは「動物を殺すなんて!」と思っていたところがあったんです。それが、たまたま仕事で向かった先で、野生鳥獣による農林業被害の実態を知ったり、それをきっかけにあちらこちらで狩猟の現場を見たりして……。

──興味を抱くようになった、と……。

中島さん: そしてなにより、自分自身がハンターとして狩猟の世界に飛び込んでみたら、私たち人間もまた動物の世界の一員であって、その大きな自然の中で生きている、生かされているんだ、ということが実感できました。

──認識が変わって、理解も深まって、ということなんですね。

中島さん: それに、農林業被害の現場で獣害対策などについて知るようになった最初のころには、よく「害獣駆除ではほとんどの肉が廃棄になってしまう」なんていう残念な話を聞いていたんですが、実際に地元のハンターさんたちにお会いしてみると、皆さん獲物をていねいに扱って、山の恵みとしてちゃんと食べているんだなあ、ということもわかってきました。

──ま、なにより美味しいですからね。

中島さん: もちろん捕獲した状況や処理場の条件もありますし、自家消費だとしても美味しく食べられるキャパシティの問題はあるわけですが、それでもやはり、自分の獲物は大切に、ムダなく活かしたいんですよね

──なるほど。で、初の獲物で、初の止め刺しから解体までを経験されたわけですが、実際のところはどんな感想でしたか?

中島さん: ああ……止め刺しにはなかなか苦労したわけですけれど、その獲物を解体していると、自分が止め刺しに失敗したムダな刃の跡を目の当たりにするわけで、とても申し訳ない気持ちになったんです。でもその一方では、私の中に初めての猟果を喜ぶ気持ちもあったわけで……まあ、涙とヨダレのどっちも流れている感じでしたね

──複雑な感情ですが、それが〈命と向き合う〉ということの本質なのかもしれませんね。

中島さん: いただいた命は大切にしたいし、だからこそなるべく苦しませずに止め刺しをしたい、と思っています。それに、もっと解体の技術を高めて、将来的には皮も使えるようになりたいですね。いまはまだ、剥皮の途中で穴を開けちゃったりもしていますので……。

──ハンターデビューからの短い年数でも、そこそこの猟果に恵まれ、経験値も上がってきた中島さんですが、ますます狩猟が面白くなってきているのではありませんか?

中島さん: 実はいま、都心からもっと猟場の近くに引っ越したいと、夫婦で物件を探しているんです! 将来的には自宅で解体できるようにしたいな、なんて妄想しています。

──それは楽しみですね。お話、ありがとうございました。

中島めぐみさん(なかじま・めぐみ)

東京の都心から小田原に通うハンターさん。家族は夫婦と猫2匹。港町の生まれで魚を扱うことには慣れていたものの、仕事で里山に出向くまで、狩猟に関する経験値はゼロだったとか。そして、鶏も締めたことがないままに、イノシシという大型哺乳類で初の〈止め刺し〉にチャレンジした。

さまざまなスタイルで「ハンターバンク」を利用しているハンターさんたち。
狩猟を始めたきっかけも、活動のペースも多種多様なのですが共通するのは
〈自分らしく〉楽しんでいること。そのあたり、聞いてみました。

ハンター体験記Vol.1 中島めぐみさん

IT支援の仕事で里山を訪ねたら、いつしか自分がハンターになっていたんです [その1]

狩猟の現場が遠い都市生活者でも、全くの未経験者でも、そして、場合によっては狩猟免許の取得がまだでも……興味と熱意さえあれば誰でも気軽に、しかも手軽に狩猟生活をスタートできるのが、ハンターバンクの最大の魅力。そんなハンターバンクのフィールドでは、さまざまなバックグラウンドを持つハンターさんたちが、自分らしいスタイルで、今日も〈山の恵み〉である獲物たちと向き合っています。

さて、ハンターバンクで狩猟生活をスタートした中島めぐみさんもそんなおひとり。月に2回ほどのペースで通いながら、なかなか充実した狩猟生活を送っていらっしゃるようですが、実はそのきっかけは、なんでもお仕事での出張だったのだとか……。まずはそのエピソードから、お話をうかがってみました。

──女性ハンター4人のグループでコンスタントな活動を続けて、新米ハンターながら猟果も挙がっているという中島さんですが、そもそもハンターを目指すことになったきっかけを聞かせていただけますか?

中島さん: IT関係の仕事をしているんですが、所属する部署としては、官公庁や自治体の担当だったんですね。それであるとき、九州のとある里山に「野生鳥獣被害の地域課題をITサポートで解決できないだろうか」という案件がありまして、出張で視察に行ったんです。そこは人口が2万人にも満たない中山間地域の自治体で、2町1村が合併したことで総面積もそれなりに広いのですが、それにしても年間に5000頭ほどの捕獲がある状況です。端的にいえば、野生鳥獣による農林業被害は、かなり深刻なものでした。

──それまでにも狩猟への興味とか知識はあったんですか?

中島さん いえいえ、別に狩猟や野生鳥獣に知見があったから担当になったわけではなく、そこで初めて狩猟の現場というものを見たんです。

──なるほど。それで、そのお仕事がうまくいって、狩猟が身近なものになったと……。

中島さん いえ、ダメでした。仕事の案件としては、ITの導入による課題解決ということで、例えば解体処理場と地域の飲食店の食材の仕入れのマッチングなど、いろいろと企画を検討したのですが、結局は事業としてローンチに至らなかったんです。でも、狩猟そのものに対する興味には……。

──火が着いたんですね。

中島さん そうなんです! それで、プライベートな時間に夫婦でその町をまた訪ねたり、別の地域での狩猟見学会に足を運んで、獲物の解体を体験したり……。いろいろなワークショップに参加しながら、意を決して狩猟免許を取得したわけです。

──お仕事での体験が発見となって、ご自身の趣味の領域が広がった、というわけですね。

中島さん まさにそういうことだったんですが、でも、それだけだったらたぶん、ペーパーハンターになっていたと思うんですよね……。

──それは実際に狩猟生活を始めるには、やはりハードルが高くて……ということですか?

中島さん 実は関東の近県で開催された狩猟学校みたいなものにも参加してみて、もちろんそこでいろいろと勉強はできたのですが……。当たり前の話ですが、自治体が主催している以上は、基本的にはその地域への移住を大前提としたプログラムだったわけですよね。私が考えていたような、通ってくる新米ハンターをサポートする、といった体制ではなかったんです。

──やはり移住となるとお仕事の問題もありますし、なかなか「思い切って田舎暮らし!」というのは、難しいですよね……。

中島さん そうなんですよね。で、そんな中で出会ったのが、このハンターバンクでした。現場から距離のある都市部で生活している以上は、自分のわなを仕掛けたとしても、日々の見回りとなると物理的に無理もあります。でもそこにホストさんやサポートハンターさんがいてくれる、というのは、本当に大きなポイントでしたね。

──それでやっと、移住ではなく通いのハンターとして狩猟生活が始められる、と……。

中島さん いまチームを組んでいるメンバーも、実はその狩猟学校で出会い、いっしょに学んだ仲間なんですよ。結局みんな、同じところにハードルがあった、ということなんですよね。

──みんなに優しいハンターバンク、だったわけですね。

中島さんのお話は[その2]へと続きます

中島めぐみさん(なかじま・めぐみ)

東京の都心から小田原に通うハンターさん。家族は夫婦と猫2匹。港町の生まれで魚を扱うことには慣れていたものの、仕事で里山に出向くまで、狩猟に関する経験値はゼロだったとか。そして、鶏も締めたことがないままに、イノシシという大型哺乳類で初の〈止め刺し〉にチャレンジした。